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仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)653号 判決 1961年11月27日

控訴人(原告) 長利多市郎

被控訴人(被告) 青森県知事

訴訟代理人 竹島輝雄 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。原判決添付目録記載(昭和三四年一二月二五日更生決定)の農地の売渡処分につき、被控訴人が昭和三三年一二月二七日付をもつてなした取消処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「原判決を取消す。本訴はこれを却下する」との判決を求め、若し控訴人の本訴が適法ならば「控訴人の控訴を棄却する。」との判決を求めると述べた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は次に述べる事項のほか、すべて原判決事実及び更正決定摘示のとおりであるからこれを引用する。

控訴代理人の主張、

一、被控訴人の本案前の抗弁中、塚本恭一他三名が被控訴人を被告として青森地方裁判所に本件農地売渡処分の無効確認請求訴訟を提起し、その主張の日、右請求を認容する旨の判決言渡がなされ、該判決が確定したことは認めるが、その余の事実は否認する。塚本恭一は当時北津軽郡中里町の助役であつて、被控訴人との馴合訴訟によつて勝訴の判決を得たものであるから、控訴人がかかる判決に拘束されるいわれはない。

二、本件係争地は青森地方法務局金木出張所備付土地台帳付属図面のとおり北津軽郡中里町大字豊岡字若松六九番の四号、三反一畝二三歩であつて、塚本恭一他三名共有の同番の二号、田二反九畝一六歩ではない。

右塚本らの先祖にあたる塚本藤助は明治三〇年頃同字六九番の二号を所有するに至つたが、同所は前記付属図面に六九番の二号と表示されている場所である。ところが爾来塚本方では同字六九番の一号田一町三反三畝一一歩の内の一部を、同番の二号と誤信して占有し来つたものである。

他方古川政孝は右六九番の一号一町三反三畝一一歩を昭和二年三月三一日米塚俊次より買受け所有するに至つたが、その一部は前記のとおり塚本方において占有しているので、古川は右六九番の一号のうち塚本方で占有している部分を除く部分と、同番の二号とを六九条の一号として、占有していたものである。

ところが、昭和二三年七月二日武田村農地委員会において農地買収計画を樹立した際に、同委員会は右六九番の一号の場所は前記付属図に示すとおりであると認め、同所を同番の一号、三号、四号の三筆に分筆し、当時控訴人が占有耕作していた部分を六九番の四号として控訴人に売渡すに至つたものである。しかして右古川と塚本との間においてその占有場所を間違えていたとしても、これによつて土地の所有権が移転する理由はないから、前記委員会の買収計画には何ら誤りはなく、政府が本件係争地を六九番の四号として、控訴人に売渡した処分は何ら違法ではない。

なお控訴人が本件売渡通知書の交付を受けたのは昭和二三年七月二〇日頃である。同月二日は売渡の時期である。

三、仮に右売渡処分が無効であるとしても、控訴人は昭和二三年七月二〇日頃右六九番の四号地の売渡を受けて以来、昭和三三年一二月二七日その売渡処分を取消さるるに至るまで、所有の意思をもつて、平穏且つ公然に占有を継続し、その占有の始め善意にして且つ無過失であつたから、一〇年の取得時効によつて昭地三三年七月二〇日頃限り右土地の所有権を取得するに至つたものである。よつて前記売渡処分の取消によつて控訴人の右土地に対する所有権が失われる理由はなく、また売渡処分を取消す利益もない。

四、仮に本件係争地が字若松六九番の二号であり、従つて右売渡処分が違法であるとしても、右処分を取消せば、塚本恭一らはその保有地として右六九番の二号を所有するほかに、更に六九番の四号をも所有することになるから、右取消処分は自作農創設特別措置法の廃止された現在公共の福祉に適合しないものというべきである。よつて右取消処分は行政事件訴訟特例法第一一条第一項の趣旨に則り当然取消さるべきものである。

五、被控訴人の当審における二の主張事実はこれを認める。

被控訴代理人の主張、

一、本案前の抗弁

行政処分の無効確認訴訟は形式上は確認訴訟であるが、実質上は抗告訴訟に準ずる形成訴訟であり、その判決は取消判決の形成的効果に準じて第三者にも及ぶものと解すべきところ、塚本恭一他三名は本訴提起前既に被控訴人を被告として青森地方裁判所に対し、本件農地売渡処分の無効確認請求訴訟を提起し、昭和二九年一二月一三日同裁判所において、右請求を認容する旨の判決言渡を受け、その判決は確定したから、該確定判決は控訴人をも拘束するものというべきである。よつて控訴人は最早本訴請求をなす適格を有しないものであるから、控訴人の本件訴は却下さるべきである。

二、本案に関する主張

本件農地の買収処分は、現地を指示してなされたものではなく、青森地方法務局金木出張所備付の土地台帳付属図面及び役場備付図面に基いてなされたものである。

証拠関係<省略>

理由

一、先ず本案前の抗弁について検討する。

塚本恭一他三名が被控訴人を被告として青森地方裁判所に原判決添付図面中朱斜線表示の部分(以下本件係争地と略称する。)につき、青森県北津軽郡武田村大字豊岡字若松六九番の一号の一部に属するものとして控訴人に売渡した処分が無効であることを確認する旨の訴を提起し、昭和二九年一二月一三日右請求を認容する旨の判決言渡があり、該判決が確定したことは当事者間に争ないところ、被控訴人は右売渡処分の無効確認訴訟は実質上は抗告訴訟に準ずる形成訴訟であり、その判決は取消判決の形成的効果に準じて第三者たる控訴人をも拘束するものというべきであるから、控訴人は本訴請求を求める適格を有しないものであると主張するので按ずるに、通常無効な行政処分と雖も一応行政行為として存在し、行政処分としての外観を有するものである限り、行政庁はその優位の判断力に基いてこれを有効なものとして執行する虞があるから、これにより法律上の不利益を被る者はそのような行政処分の効力を除去する必要があり、そのような行政処分の効力を除去するためにはその無効確認を求めることが必要であり、このような無効確認訴訟も行政処分の効力の除去を直接の目的とする点で、抗告訴訟と本質的に異るものではなく、被控訴人主張のとおり抗告訴訟に準ずる一の形成訴訟に属するものといわねばならない。

しかしながら、一般に形成判決の形成力は判決による形成要件の確定に伴う効果であつて、その形成力は法律関係の発生変更消滅すなわち実体法上の効果を生ぜしめるにすぎないものであり、それが訴訟法上一旦確定した形成の効果を否定し得ない特段の効果を生ぜしめるのは形成判決の既判力の効果であつて形成力自体の効果ではないものと解するのを相当とするから、特別の規定(たとえば行政裁判法第三一条第二項のような規定)の存しない現在の抗告訴訟、行政処分の無効確認訴訟においては原則として民事訴訟の一般原則に従い、形成判決の形成力の主観的範囲も既判力のそれによつて定まるものと解すべく、従つて法律関係の変動について直接自己の権利又は法律上の地位に影響を受ける第三者は既判力の及ばない限り、自己の立場で形成要件の確定の効果に反する主張即ち判決の不当であることを主張してその形成の効果を争うことができるものといわねばならない。

また行政事件は公法上の法律効果又は法律関係を対象としている関係上、私法上の権利関係を対象とする一般民事事件とは異なつた特殊性を有し、ことに抗告訴訟において行政上の法律関係の画一的確定の要請から、その判決の効力が当然に第三者にも及ぶものと解する見解がないではないが、行政処分により法律上の不利益を被る者に対して、行政処分の取消若くは無効確認の効果を及ぼすためには、これらの者をその訴訟に参加させるか、或は人事訴訟におけるように職権探知主義を採用する等適当な処置を講ずべきであつて、何ら特別規定の存しない現在の抗告訴訟、行政処分の無効確認訴訟においては全く訴訟に関与しない第三者の利害を無視してまでも取消又は無効確認の効果を及ぼすような結論をとることには賛成できない。

なお行政事件訴訟特例法第一二条は「確定判決はその事件について関係の行政庁を拘束する。」と規定しているが、この規定は、行政権の実体的一体性に基き一の行政庁の受けた判決は、その庁のみならず、訴訟に参加しなかつた関係行政庁においても、その判決を尊重し、その趣旨に従つて行動すべき義務を課したものであつて、この規定から直ちにすべての関係者が判決の内容に従つて拘束され、何人もこれを争い得なくなるとの結論を導き出すことはできない。

すると前示売渡処分の無効確認の判決は当該訴訟に参加しなかつた控訴人に対してはその効力を有するものではないから、右判決が控訴人にその効力を有することを前提とする被控訴人の主張は採用するに由ない。

二、そこで進んで本案について検討する。

(1)  被控訴人が字若松六九番一号田一町三反三畝一一歩を不在地主古川政孝所有の小作地として自作農創設特別措置法により買収し、本件係争地をその一部に属するものとして、これに同字六九番四号なる地番を付し、昭和二三年七月同法第一六条に基き控訴人に売渡したが、昭和三三年一二月二七日控訴人に対し、右売渡処分を取消す旨通知したことは当事者間に争がない。

(2)  被控訴人は本件係争地は真実は同字六九番の二号であるのに、これを前記六九番の一号の一部に属するものと誤認して売渡したので、本件取消処分に出でたものであると主張するので、果して本件係争地が右いずれの地番に該当するかについて按ずるに、原審における青森地方法務局金木出張所備付の土地台帳付属図面の検証の結果と、原審における係争地現場の検証の結果とを比較考察すれば、右付属図面上本件係争地は字若松六九番の四号と表示されている位置にあたり、原本の存在並びに成立に争のない甲第五号証(土地台帳の写)、原審証人石川万作、当審証人石川石五郎の各証言によれば、右六九番の四号は昭和二六年九月一二日前記農地買収後控訴人に対する売渡のため同字六九番の一号から分筆されたものであることが認められる。

しかしながら、本件係争地が二〇余年前から控訴人先代、次いで控訴人が、塚本恭一先代次いで塚本恭一から賃借耕作してきたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第一号証の一、二、同第二号証、前掲甲第五号証、原審及び当審証人塚本恭一、原審証人石川三次郎、同米塚利光、当審証人石川石五郎、同米塚俊次の各証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果に前記各検証の結果を綜合すれば、本件係争地は前記塚本方において五、六〇年前からその所有に属する同字六九番の二号に該るものとして、何人からも異議なく使用収益し続け今日に至つたものであること、他方前記土地台帳付属図面上六九番の二号と表示されている本件係争地の西南方に隣接する田地は現在まで右塚本方においてこれを使用収益したことはなく、かえつて分筆前の前記六九番の一号の所有者たる古川政孝方並びにその前所有者米塚弥五兵衛方において古くからこれを自由に使用収益し、三〇年ないし五〇年余に亘り、近年に至るまで、石川三之助及び石川三次郎並びに米塚利光らに賃貸して来た事実が認められ、しかも右古川政孝或は米塚弥五兵衛と塚本恭一或はその先代との間、ないしはこれら両地の小作人相互間において便宜上右田地と交換したというような事跡は全く認められず他に右認定を左右するに足る証拠はない。すると本件係争地に関する前記土地台帳付属図面のこの点の表示には多分に疑義があり、むしろ本件係争地にあたる部分を字若松六九番の四号と表示されているのは誤りであつて、本件係争地は塚本恭一所有の同字六九番の二号に該るものと認めるのを相当とする。

そして本件売渡の前提をなす政府の買収した農地は古川政孝所有の分筆前の字若松六九番の一号であつて、塚本恭一所有の同字六九番の二号を買収した事実は認められず、しかも右農地の買収は専ら前記土地台帳付属図面に基いてなされたもので、現地を指示してなされたものでないことは控訴人の認めて争わないところであるから、右六九番の二号地の所有権が政府に移転するいわれはない。すると政府の所有に属しない六九番の二号すなわち本件係争地を控訴人に売渡すことは行政処分の目的たり得ない物を目的とする行為であつて重大な瑕疵ある行為である。

(3)  控訴人は右売渡処分が無効であつても控訴人は昭和二三年七月二日六九番の四号地の売渡を受けて以来、昭和三三年一二月二七日右売渡処分を取消さるるに至るまで、所有の意思をもつて平穏且つ公然に占有を継続し、その占有の始め善意且つ無過失であつたから、一〇年の取得時効により昭和三三年七月二日限りその所有権を取得したので、右売渡処分の取消によつて、控訴人の右田地の所有権が失われる理由はなく、また売渡処分を取消す利益もないと主張するが、原審証人塚本恭一の証言、原審における控訴本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)に、前記塚本恭一他三名が被控訴人を被告として昭和二八年本件係争地の売渡処分の無効確認請求訴訟を提起した事実を併せ考えると、控訴人は従来本件係争地を塚本家の所有と信じて同人方より賃借耕作していたため、控訴人が昭和二三年七月二〇日頃本件売渡処分の通知書を受領して以後も、昭和二七年頃までは、疑念を抱きながらも引き続き塚本方に小作料を支払つていた事実が認められ、原審及び当審における控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。すると控訴人主張のように一〇年の取得時効が完成するいわれはないから、右時効が完成したことを前提とする控訴人の右主張は採用できない。

(4)  更に控訴人は本件売渡処分が取消されることになれば、塚本恭一らは字若松六九番の二号を所有するほかに、同字六九番の四号をも所有することとなり、右取消処分は自作農創設特別措置法の廃止された現在、公共の福祉に適合しないものというべきであるから、右取消処分は行政事件訴訟特例法第一一条第一項の趣旨に則り当然取消さるべきであると主張するが、本件は前示認定のとおり、本件係争地は元来塚本恭一ら所有の六九番の二号であるのに、これを六九番の四号として分筆のうえ、本件売渡処分をしたのであり、本件売渡処分が取消されても塚本恭一らにおいて六九番の一号の一部を取得すべきいわれがないから、これが取得を前提とする控訴人のこの点の主張は到底採用の限りでない。

(5)  そして被控訴人が控訴人に対し昭和三三年一二月二七日付通知をもつてなした本件売渡処分の取消は右売渡処分を無効とし、これが確認の意味においてなされたものと解せられ、かかる趣旨において処分の取消をなすことは許容されるところであるから、被控訴人のなした右取消処分は何ら違法ではない。

(6)  なお仮に本件係争地が六九番の一号の一部としても、前示認定のとおりこの部分は古川政孝のいわゆる小作地でないこと明白であり、この部分の買収手続に重大な瑕疵があり、従つてこれを前提とする本件売渡処分にも又重大な瑕疵あるものといわねばならないから、結局本件取消処分の違法というを得ないこと同様である。

三、以上のとおりだとすると、控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、これと同旨の原判決は相当であり本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 鍬守正一)

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